Live Photo.LIVE!
2004年7月11日、大阪十三・テハンノ
独パン・ライブvol.45
〜大阪編vol.3〜
夜士郎・主宰で本格的に動き出した、記念すべき大阪独パン!
↑痛く優しく、POPで生々しい、主宰・
夜士郎。
↑左から、
筒井俊明。子犬ちゃん。サノトモ(from東京)。エディ。
↑
まちゅこけ。患者(from東京)。石村店長。
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報告書
夜士郎
2004年7月11日、大阪は十三の「テハンノ」にて、「独唱パンクvol.45〜大阪編vol.3〜」を開催した。
大阪編vol.1は、2003年4月2日、西九条の「SOFT MACHINE」にて行われた。弁天町にある「吟遊詩人」と、独唱パンクの合同企画で、「LIVE吟遊詩人vol.14 VS 独唱パンクvol.29」というタイトルがつけられた。
大阪編vol.2は、2004年1月15日、「吟遊詩人」にて行われた。やはり合同企画で、「独唱パンクvol.40〜大阪編vol.2<独唱パンク VS 吟遊詩人>〜」というタイトルがつけられた。
そして、大阪編vol.3。大阪編vol.1の頃から感じていた違和感。「吟遊詩人」と独唱パンクの合同企画とはいえ、まるで東京のイベントの延長というか、遠征というか、確かにそうなんだけど、なんだか独唱パンク東京御一行様が来ないと何もできないのか、みたいな想いが僕の中で芽生えていて、それではイカンイカンと思い、「独唱パンクvol.38」で一緒に演った「患者」来阪の報を知り、僕は大阪発、大阪のしきりでの大阪編vol.3を決行するに至ったのである。
まずは人選。僕と「患者」と、あと、大阪発の独唱パンクをする時は、是非声をかけようと思っていた、「まちゅこけ」。そして、テハンノ推薦枠から3つ。ピエロの格好をして歌うことと、何かやらかしてくれそうな名前の「子犬ちゃん」。以前より気になっていた、パンクな匂いがする「エディ」。そして、若手歌うたいの中で、テハンノ石村店長お勧めの「筒井俊明」。の以上6組が決まった。
漫画「AKIRA」の、街が倒壊する絵をバックにチラシを作った。それを800枚印刷。出演者に渡し、そして、めぼしいライブハウスにばらまいた。大阪編vol.3だけど、僕にとって、そして大阪にとっても、記念すべきこれは第一回目なのである。もちろん集客が大前提だけど、それよりもまず認知。こんな イベントが大阪で開かれるということを、まずは知ってもらいたい。
当日。僕は、緊張していた。何とも言えぬひとりで味わう責任感。つくづく「チバ大三」の偉業を思う。石村店長と、打ち合せ。いくら詰めても落ち着かない。独唱パンクの看板の重さを思った。
出演者ぞくぞくと現る。リハーサル。進むにつれ、僕は読みが甘かったことに気づく。僕は4つのエフェクターと、3台のアンプを駆使する大がかりなセッティングなんだけど、そんな僕はいいとして、他のみんなはもちろんソロなのだし、シンプルに音が決まると思っていたら、それは大きな間違いだった。独自の機材をそれぞれが持ち込み、そして、独自の音へのこだわりと、追求を持っていた。
これは偶然なのだろうか。僕と「患者」以外は「独唱パンク」未体験なはずなのに、こうも見事に、今までの弾き語り、もしくはソロのスタイルに疑問を抱き、独自のスタイルを極めようとしている歌うたいが、「独唱パンク」を自覚することなく集まるなんて。
僕の読みの甘さと、段取りの悪さで、開場が遅れてしまった。客入り。客足伸びず。開演時間20分遅れてスタート。1番目は僕。あいさつと、前半の歌3発。音が不調で、演奏乱れる。歯切れのよくない出だしとなった。
続いて、「筒井俊明」が歌う。彼を石村店長に紹介され、彼と電話で初めて話をした時、彼にどんなジャンルの音楽をしているのか訊ねると、彼ははっきりと「ポップスです」と言い切った。その潔さに僕は、鋭く熱いものを感じ、彼の独唱パンク出演をお願いしたのだった。
長身。メガネ。しゃがれ声。普通に、真面目に、シンプルに、冷静に、彼は歌い続けた。独唱パンクを一言で言い表すとすれば、僕が思いつくのは「熱い」という言葉。一見、彼に「熱い」は当てはまらない。当てはまらないように見える。けれど、その当てはまらない具合でする、まるで独唱パンクへの反発とも思えるようなたんたんとしたステージングに、僕は、彼のメガネの奥からギラっと発する「熱い」を観た。
そんな彼だったが、最後の歌では激しくなり、メガネを落とし、弦を切るほどに強いピッキングでかき鳴らしていた。僕が思う独唱パンクの「熱い」を出していた。出してくれていた、あの時はそう思った。でも今思うに、あれは独唱パンクに気をつかってのサービス・パフォーマンスだったのではないだろうか。だとしたら、彼は最後の最後まで、冷静に、彼の「熱い」を演り通したことになる。お見事。
続いて、「子犬ちゃん」。本当にピエロの格好だった。ワウ・サウンドに乗せて歌う、浪花節ポップスと言ったところか。そう、彼もMCで言い切ったのだ「僕はポップスです」と。僕にとって独唱パンクは勲章みたいなもの。独唱パンクであることに誇りがある。僕の場合、独唱パンクの枠に入ることで、どれだけ道が開けたか。ジャンルが絞られたことで、どれだけ活動がやりやすくなったか。けれど、当たり前だけど、その価値観が必ずしも絶対ではなくて。「子犬ちゃん」のように、奇抜な格好や、変わった名前というだけで独唱パンク呼ばわりされて、迷惑に思う気持ちを汲めなかった自分を恥じた。
どこか「TASKE」を思わせるステージング。強い。客の反応が弱かろうが、負けていない。メモ帳がわりなのだろう。携帯電話を持ち出し、ライブのスケジュールを読み上げる。賛否両論あると思う。僕はでも、若くても、つたなくても、最後まで堂々と貫いた強さに、強烈なパンクを感じずにはいられなかった。彼がポップスであろうと、独唱パンクに彼を招いたことは、決して間違いではなかった。
続いて、東京からお客として観に来ていた「サノトモ」に、急遽出演をお願いする。キレイな声だ。キレイな声の中に、凛とした風格がある。オカリナがなく、ミナミのアメ村で買ったハープを使用する。
短い時間だったが、大阪編初の詩人の登場で、会場の雰囲気が、流れが急に変わった。引き締まったというか、和んだというか。この先どんな展開になって行くのかわからない、予測不可能な、本家本元独唱パンクらしいムードになった。
続いて、「エディ」。紹介で、僕がパンクな匂いがするという理由で彼を選んだという発言が、彼に火をつけてしまった。冒頭で、「ポップスをサラリと演るでー」と。「サノトモ」以外、3人続けて「ポップス」宣言。冗談ではなく、そのうち「独唱ポップス」が発足するのかもしれない。
タイトなかっこよさ。クールなステージング。でも、歌が終わる度の笑顔がいい。元々、僕と同じストリート出身。ストリートで培われた「熱い」は、しっかり健在していた。
最後に、「ライク・ア・ローリングストーン」に自分の歌詞をつけて歌った。何もとらわれずに、彼は自由な歌うたいだと思った。僕もストリートの頃は、彼のように歌っていた事を思い出した。独唱パンクであるとか、ないだとか、確認することじたい愚問だった。
続いて、「まちゅこけ」。大阪が誇る、パンクでコアな老舗のライブハウス「ベアーズ」で彼女に会ったのは、今年の2月のこと。バンドからソロに転向して間もない彼女は、ガットギターに、ノーストラップで、椅子に片足をかけて、さっそうと歌っていた。まちゅこけワールドともいうべき、メルヘンで、サイケで、やさしくも、ギラついた詞と、メロディの数々。新鮮だった。彼女のような歌うたいを他に知らない。歌を他に知らない。独唱パンクを大阪で演る時は、是非出演してもらおう、とその時から思っていた。
今回は、ガットギターをテレキャスターに変え、ストラップをかけ、出演。初めの出音は、爆音だった。彼女いわく、もっとすっきりした音にしたかったそうだが、まったく問題なかった。いいテンションだった。客も、ぐいぐいとまちゅこけワールドに引き込まれて行く。最後の歌のクライマックスで、エフェクターをさらに踏み込み、ギター音が炸裂し、さらに加速、彼女は絶叫、大きく動きまわり、ついにはギターから音が鳴らなくなって、ステージが終わった。思わず僕は叫んだ「独唱パンク・クイーン」と。
続いて、「患者」。冒頭で、冗談なのか、本気なのか、「僕もポップス」と。ギターと、打ち込みMDを駆使した、ショー・アップされたステージング。6月の終わりより、京都、名古屋、神戸、福岡、熊本、大阪、と続いたツアーの最終日だけに、キレがある。勢いがある。MCも冴える。九州で、打ち上げ後の公園で犬を追いかけて、つまづいて、手を負傷した話をして、お客を笑わせた。
「患者」を観るのは、今回が2回目。僕は、彼に底知れぬチカラ強さを感じる。それは、バイクで東京から実家のある愛知まで、ギターと、総重量25kgの荷物を積んで、雨の中走り抜けるど根性が物語っている。ステージで威圧することなく、それをさらりと出せるところに、僕はやはりパンクを思うのだが。
続いて、僕がもう一度出る。前半の時の音の不調は解消され、2つ歌を歌って、最後に「独唱パンク・オムニバスvol.1」に収められている「いのち」を全開で歌って、大阪編vol.3 は終了した。
お客さんの移動は最後までほとんどなく、楽しんでくれたようだ。まず成功か。でも個人的には、反省点が多く残された。次回に、それは活かしたい。
お客が粗方帰り、お客で観に来ていた歌うたい達が数人残り、その場で打ち上げが始まった。僕は緊張感が一気に途切れ、寝不足と、空きっ腹でくたくたのカラダに焼酎を流し込んだ。
しばらくしてライブが始まった。石村店長が、「独走パンク」を旗揚げ、名乗り、歌うことになった。らしい。というのも、その頃、僕はすでに酔いがまわっていて、記憶のほとんどがないのである。すごい盛り上がりだった。らしい。僕は、楽しく大暴れした。らしい。そしてチカラつき、テハンノの床でしばらく寝ていた。らしい。
復活して、その後朝まで飲んだ。こんな打ち上げを大阪でしたのは何年ぶりだろう。それだけでも、大阪編vol.3を演ってよかったな、と思った。すがすがしい朝だった。
夜士郎メールは
コチラ
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